弁護士 古川拓からのメッセージ
We Shall Overcome Someday.
先週の金曜日(3月13日),京都職対連の40周年レセプションに参加してきました。
職対連についての詳細はリンクを貼っていますのでそちらに譲りますが,職業病,つまり労災認定や再発防止などの観点から労働問題に取り組むネットワークです。
私自身,今の事務所を構えてから,過労死や過労自殺の問題,あるいは労災や安全配慮義務の問題に取り組む際に,ケースによっては職対連と連携しながら取り組んでいます。
今回のレセプションは,長年事務局長を務めてこられた方が定年退職を迎えられ,今まで取り組んできた多くの事件を振り返りながらのスピーチがありました。
「けいわん」やユニチカの二硫化炭素中毒事件に始まり,過労死・過労自殺問題に至るまで,長く苦しいたたかいの,しかしとても心あたたまる思い出話を聞き,目頭が何度も熱くなりました。
しかし,なんと言っても感慨深かったのは,最後に参加者みんなで歌った「We shall overcome」でした。
この歌は,アメリカの公民権運動の時に歌われたと聞いています。
しかし,今日においては,過労死・過労自殺事件をはじめ多くの労災・労働事件において,とてもよくマッチしている歌だと思います。
「We shall overcome someday.deep in my heart,I do believe.」
(いつの日か,私たちは乗り越えていく,私はそのことを心から深く信じているのだ)
家族を失った悲しみ,体の健康を失ってしまった悲しみや苦しみは消えることがない。でも,いつの日か私たちはみんなでそれを乗り越えていく(いける)んだ。。。
この中には,自分たちと同じような被害・犠牲者がもう二度出てほしくない,という切なる思いも込められているように思います。
私が特に好きだな,と思うのは,最初が「We」という点です。
人間にとって,大きな悲しみや苦しみを一人で乗り越えていくことは,非常な困難を伴います。
特に過労死・過労自殺事件のように,大切なご家族が亡くなってしまわれた場合にはそうだと思います。
そのとき,ご自身だけで辛さを抱え込んでしまうだけではなく,ご家族を支える周りの人や私たち弁護士と気持ちを共有することで,「孤独」や見通しの立たない辛さを,少しでも軽くすることができるかと思います。
そして,事実が何であったかを明らかにし,残されたご家族が今後の生活についての正当な補償を受ける中で,亡くなった方の名誉も回復され,さらに再発防止のための取り組みがなされる先に,亡くなられた方の死を「overcome」していけるのだと思います。
決して忘れない,しかし残された人たちと一緒に再び歩きはじめる,という意味で。
最後に,参考までに1,2番の歌詞をあげておきます。邦題では「勝利を我等に」という訳が付されていますが,個人的には「overcome」するのはもっと広く,それぞれの心の中のことまで含んでいるような気がしています。
1.We shall overcome
We shall overcome
We shall overcome someday
Oh deep in my heart
I do believe
We shall overcome someday
2.We shall hand in hand
(いつの日か,私たちは手を携え,共同する,私はそのことを心から深く信じているのだ)
We shall hand in hand
We shall hand in hand someday
Oh deep in my heart
I do believe
We shall hand in hand someday
(2009/03/16)