弁護士 古川拓からのメッセージ
この事件,勝てますか?
事件を受任するときに,しばしば,
「勝てますか?」
「(相手からお金を)とれますか?」
と質問を受けることがあります。これは難しい事件・微妙な事件であればあるほど多いように思います。
お客様としては,せっかくお金を支払って依頼する以上,成功することを約束してほしいとお考えなのは当然です。
私としても,ここで力強く,
「大丈夫です!任せておいて下さい!」
と宣言したいのはやまやまです。
しかし,現実はなかなかそのようにはいきません。
どんなに容易に解決できそうに見える事件でも,一旦ふたを開けてみるまでは何があるかわからないからです。
お客様自身にも想像できなかった事実や証拠の出現,相手方の行動などによって事件の進行は異なってきます。
たとえ過去に発生したできごとであっても,これからの誰かの言動によって,当初の方針の変更を余儀なくされる場合も少なくありません。
そして,一番大きいのは訴訟になった場合です。
裁判官も神様でない以上,法廷内に持ち込まれた証拠にたよって判断をする以上,真実とは全く異なる事実を認定してしまう可能性があります。
もちろん,証拠を用いて事実を構築し,お客様の主張を裁判所にアピールすることは,弁護士の腕の見せどころです。
しかし,手段を尽くしたとしても既にある証拠の重みの前に破れたり,相手との駆け引きやふとした証言によって勝敗の帰趨が左右されたりすることも少なくありません。
やはり訴訟も人間同士で行う以上,絶対はありえないのです。
このように,弁護士はいわば「成功を請け負う」ことはできません。
そこで,弁護士が見とおしを語るときには,どうしても,
「お話を聞いた限りでは,勝てると思う」
だとか,
「まるきり期待ができないわけでもない」
などといった,奥歯に物が挟まったような説明しかできなくなってしまいます。
(弁護士に限らず)他の方から安易な結論,特に楽観論を聞いて来られた場合,説明を聞いて不満を感じる方もおられるかと思います。
しかし,このようなある種「煮え切らない」説明をしているからといって,やる気がないわけではありません。
むしろ,難しい事件・微妙な事件であればあるほど,どうすればお客様の期待に添えるか,解決に迫れるかを,「煮え切らない」説明をしている最中も,考え続けています。
私は,単に臆病であることと,人間世界の不可知性に対して謙虚であることは異なる,と思っています。
弁護士は,言葉に責任を持つ類の職業である以上,いい加減な事を申し上げてお客様に過度に楽観的な期待を持たせるわけにはいきません。
仮に安易に楽観論をふりまいて悪い結果が出た場合,それを当てにしていたお客様に二次被害を与えることになりかねません。
争いである以上,どうしても不確定要素が残ってしまいます。
大切なのは,その上で,その不確定要素とは何であるか,ご自身がどういう尺度(基準)で具体的進行方針を選んだのかを,しっかりご確認いただくことだと思います。
そのことが,(本当は考えたくもないですが)争いに利あらずして敗れた場合でも,お客様ご自身のリスクを最小限化し,あるいは心持ちをしっかりしていただく事につながるのだと思います。
。。こう書いていくると,
「この弁護士は負けたときのことばかり考えているのでは」
というご印象を持たれるかもしれません。
しかし,私としては,勝利にどん欲であればあるほど,上に書いたことは大切だと思っています。
そして,少し大仰な言い方をすれば「人事を尽くして天命を待つ」。
事実を丹念に拾って構築し,立証を重ねるという王道を実直に歩んでいくことこそが,お客様の期待する結果を導く,最も近道であると考えています。
そのことと,お客様のお気持ちとがしっかり合わさったときには,一番良い結果(「勝てた」)が出るでしょう。
お客様の人生の大切なときにおける,よき水先案内人でありたいと願っています。
(2008/12/06)

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