弁護士 古川拓からのメッセージ
「いのち」の問題に取り組むこと(2)
(1)に続いて,ここでは,事件に取り組む中で実感することについて,書きたいと思います。
弁護士が事件に取り組む場合,多くの場合は,ご本人からお話をうかがって,事態を把握し,方針を立て,実行していきます。
しかし,ご本人が亡くなられた場合,それはできません。
そこで,「いのち」の問題に取り組む場合の多くは,ご本人の「あしあと」をたどることで,ご本人を際だたせる営みを行うことが,大きな割合を占めてきます。
やりとりしたメール,日記,仕事上で作成した文書,走り書きのメモ・・・
その他,亡くなられたご本人が遺して行かれた「あしあと」を,手段を駆使して丹念に拾い集め,整理させていただく中で,ご本人の行動や思いが浮かび上がってきます。
そうなれば自然とその中で,私自身がお会いしたことのないご本人の人となりや悩み,がんばりなどにも触れることになります。
「この時,この人は,こんな状態で助けもなかったのか。さぞや辛かったでしょう」
「これだけ働いていたなんて,本当にしんどかったでしょう」
「本当に最後の最後まで,あきらめずにがんばっていたんですね」
また,ご家族と一緒に「あしあと」を囲んで打ち合わせを重ねる中で,ご本人が真ん中にいるような,そんな思いに陥ることがあります。
ご家族が体験された事実を陳述書などにまとめている際も,ご本人は決してそこにいないのだけれど,同じ思いになることがあります。
そういう営みの中で私自身が得た「共感」を基礎に,最初は茫漠としていた「事実」が,暁光のように浮かび上がってきます。
ご家族や私自身が抱いている「共感」を,どのようにして他者(裁判所や相手方など)に理解してもらえるように構成するか。
想像力と構成力が要求される,弁護士としての腕の見せ所,です。
こうやって,「あしあと」(=証拠)を集めて整理し,「事実」に構成していく。
その過程の中で,何が真実か,誰が責任を負うべきか,再びこのようなことが起きないためには何が必要なのか,などが少しずつ明らかになっていきます。
ご家族がそういった過程の中で,断ち切られてしまった家族の関係を再び構築して行かれることも多く,とても心があたたまります。
もちろん,ご本人が亡くならずに生きていて,共にがんばれた方が良かったと思います。
しかし,起こってしまった取り返しのつかない状態の中で,ご家族が事実をつきとめ,ご本人の名誉を取り戻す営みを取り組まれる際,私たちを必要とされるなら,一生懸命お手伝いしたいと思っています。
それもまた,ご本人の「喪」に欠かせない,大切な営みだと思うのです。
(2008/09/11)